城に入って、幾分気が抜けた。廊下に誰もいない事にホッとする。リディアはフッと息で笑った。
「しっかり断れて気持ちがよかったわ。もう二度と会わなくて済みそうよね」
「部屋に戻るまで、そのしゃべり方禁止」
 そう言ってはみたが、言われるまでもなく気付いたようで、リディアはまた笑いをこらえつつ歩を進めている。
「了解。他に変なのが入り込んでいたら面倒だから、今度は逃げるなよ」
 は? ちょっと待て。今度は、って一体。
「だけどまさかあんな変なのばっかりは」
「助けるのが俺だと心許ない。さっきのが剣の使い手だったら死んでる」
「……、分かった」
 確かに、あいつが反撃に出なかったから助かったのだ。そうでなければ、今頃もっとひどい目に遭っていたかもしれない。力が足りなくて抵抗できないのが、こんなに怖いなんて知らなかった。
「部屋へ帰ったら身体を洗おうね」
 リディアの言葉に、吹き出しそうになるのをこらえる。
「なんで? 結局なにもされなかったのに」
「あんなところに寝転がったじゃない。しかも腕をつかまれてたし。戻る前に綺麗にしておかないと駄目」
 そりゃそうか。これはリディアの身体なのだ。俺が草の上に転がるのとはわけが違う。
「ごめん、分かった」
「洗ってあげる」
 その言葉に、今度は本格的に吹いた。
「な、なに言って」
「徹底的に綺麗にしないと気が済まない。どこを洗ったか分からないのは嫌」
 女性なのだから、気にするのは仕方がないと思う。でも、どうして俺が洗われなければならないんだ。リディアはドアを開けて俺を先に通し、ドアに鍵を掛ける。
「鬼畜だ」
 そうつぶやくと、リディアは俺の声でクスクスと笑う。
「胸、見ておけって言ったじゃない?」
 そういえば、確かにそんなことを言った記憶がある。他の女性の胸を不可抗力で見てしまった時、比べられたら嫌だと言ったリディアに、誰よりも綺麗だということを分かって欲しくて見ておけと言ったのだが。よりによってなんで今、そんな話しを掘り返すんだ。
「私の方でいいわよね」
 リディアは部屋の右側を指差した。左には大きな作り付けの浴槽がある浴室があり、右にあるリディアの部屋の奥には、一人で寝そべって入る型の浴室がある。広い方だと両方が裸にならなくてはならないだろう。それは勘弁して欲しいから、リディアの方の浴室で異存はない。
 腰を抱かれたままリディアの部屋に入る。リディアは浴室のドアを開けて中に入っていった。多分湯加減を見ているのだろう。
 お湯はいつでも張ってある。面倒だろうからいいと言ったら、皇太子なのだから実子が必要なのだと説かれてしまった。いつでもやれる、などという態勢を整えたところで、仕事に拘束されていたら意味がないのに。
「脱いで」
 戻ってくるなり、そう言われた。リディアはこっちに視線を寄越すこともなく、タオルの準備をしている。ただ身体を綺麗にしたいというのが本音で、リディアがリディアの身体にイタズラをしようと思っているなんて、俺の考えすぎかもしれない。
 にしても。脱がす時は気にならなかったが、ドレスは自分では脱ぎづらいモノらしい。悪戦苦闘していると、準備を整えたリディアが手伝ってくれた。
 背中を押されて浴室に入り、促されるままお湯に浸かる。ホッと一息ついたとたん、お湯に手が入ってきた。
「なっ、なにすんだ」
「洗うって言ったでしょう?」
 言われて初めて、リディアが絹のタオルを手にしていることに気付く。
 リディアは俺の、というか、リディアの身体の首から腕へと、そのタオルを滑らせる。真剣な顔をしているから口を出せずにいたが、そのタオルは何の躊躇もなく身体を辿った。胸を擦られている時はなんとか出そうになる声を押し殺したが、その手は足の間にも伸びてくる。
「ちょっ、ちょっと待て」
「駄目」
 即答されて言葉を失う。リディアはフフッと笑うと、隠していた部分にもタオルを滑らせた。痺れのような感覚が、背筋を駆け上がり、思わずその手をつかむ。
「結婚式をしたその夜、こうやって洗われたのよ?」
「は?!」
 そんなのは初めて聞いた。驚いて顔を見上げる。
「誰にだ?」
「女性が二人よ。驚いちゃうわよね」
 リディアは俺の顔でニコッと笑うと、足先の方へタオルを移動させていく。その部分を通り過ぎたことと、女性だったという言葉で、なんだか二重にホッとした。でも、いつもの自分だったら、リディアに触れた相手が女性でも腹を立てていただろう。
 どうも、身体ってのはその存在だけで、中身に対して何か力を及ぼしているらしい。リディアの中にいるだけで、俺自身、確実にどこか違っている。入れ替わっているのが魂なのか精神なのか、その辺りはよく分からないが。
 だとしたら。魂が生まれ変われるモノだとしても、二度と同じ人間には成り得ないのだろう。リディアとして存在するリディアと一緒にいられるのは、俺が俺として生きている間だけなのだ。
 で。入れ替わっている今日この一日は。……、一体何の冗談なんだか。
 だいたい一介の妖精ごときがこんな術を使えるだなんて間違ってるだろう。シャイア神は何を考えているんだ? いや、何も考えていないということも有り得る。むしろそっちの方が有り得る。
「あがって。拭いてあげる」
 リディアが差し出してきた俺の手をつかみ、力強く引かれて立ち上がった。フワフワと暖かなタオルを一枚渡され、もう一枚のタオルで背中から拭いてくれる。
 タオルに顔を埋めて拭き、身体を拭こうと胸を見下ろして手が止まる。こんな角度で見るよりも、この身体とは向き合いたい。視界にリディアがいないことが、ひどく寂しく感じる。
「フォース?」
 自分の顔が俺の顔をのぞき込んでくる。
「どうしたの? 風邪ひいちゃうわ」
「あ。ゴメン、戻った時にリディアが風邪をひいてたら困る」
 その言葉にリディアは笑っているが、そう、間違いなく困るんだ。きっとすぐにでも抱きしめたくなるに違いないから。
「サッサと寝ちまおう」
 髪の水気を取りながら、独り言のようにつぶやいてみる。
「そうしましょう」
 ため息混じりの同意が返ってきた。
「一緒に寝てもいい? 一人は嫌」
 うなずいて見つめたその身体と、どちらからともなく抱きしめ合う。いつもの感覚とは全然遠いが、それでもそのぬくもりが嘘じゃないだけ、いくらかマシなのかもしれない。
 身体を離し、苦笑し合ってベッドに移動した。寝具に潜り込み、衣服を脱いで後から入ってきたリディアに腕枕をする。いつもそうしているけれど身体は逆なのだ、やっぱり違和感がひどい。リディアが上目遣いに見てくる表情が穏やかなのが救いだが。……、俺の顔だけど。
「自分の顔を見つめているみたいで変だ」
「そうなの?」
 そう返事をした視線は、確かにしっかりと目を見ている。
「いや、俺はリディアの身体にいるんだし」
「ぜんぜん平気だわ。もう慣れちゃったかも」
「そりゃ慣れなくてもリディアは綺麗だから。何日見てても飽きない」
「嬉しい」
 身体の下に腕が回ったと思うと、抱きしめられ、胸元にキスをされた。全身に鳥肌が立つんじゃないかと思うくらい、ゾワゾワとした感覚が身体を巡る。
「ちょっ、駄目だって、そんなところに、?!」
 乳房を舌が這い、声が出そうになって押し込める。止めてほしいが、口を開いたら変な声が出そうで何も言えない。
「私、自分の身体にこうするの、面白い」
「は?! なに言って、んぁっ?!」
 胸の尖端をざらざらとした舌が通った。何度も往復する舌に、今度は息苦しくて声が出ない。目を強く閉じて耐える。ベッドが揺れたと思って目を開けたら、リディアは俺の身体を上に移動させていた。足の間に膝が入り込んでいる。
「ひ、膝が、ひぁ?!」
 閉じられないその間を、指先が通った。
「濡れてる」
「え? それお湯なんじゃ」
「そう?」
 リディアはまたそこに手を伸ばすと、確かめるように指を潜り込ませる。
「んぁっ、やめ……」
「嘘つき。風呂場で撫で回したから。たまらなかったんでしょ」
「違っ、普通多少は湿ってるもんだってリディアが言ったんじゃ」
 ふーん、と鼻で言うと、リディアはもう一度手を伸ばしてきた。
「うわっ、ごめんなさ」
 触れられないように逃げようとした肩をつかみ、リディアは俺の手でリディアの肩をベッドに押しつける。
「乱暴すんなっ」
「じゃあ、逃げない。さっきから我慢してたの。やっぱりベッドの方がジックリできるし」
 リディアはリディアの身体を押さえつけたまま、胸に顔を埋めた。キスや息づかいが肌を撫で、ざわざわと気持ちが掻き立てられてくる。手が脇の方から乳房を揉みしだき、尖端を舌が這い出した。身体を捩って避けようとすると、その尖端に歯が当たる。
「痛っ。そんな自分の身体に乱暴なコトして、傷でもついたら」
「そう思ったら、おとなしくして。それとも、地下に行って鎖に繋がってみる?」
 ついこの間見つけた、拘束具がいっぱいの地下室が頭に浮かんだ。俺でさえ使ったことがないってのに。
「そっ、それは嫌だ、勘弁してくれ」
「だったら黙って抱かれる」
 そりゃ命令か。いつものリディアなら、こんなに積極的になることはない。俺の身体が起こす衝動に、翻弄されているのだろうか。リディアは俺が今感じているように、不安を抱えているのかもしれない。
「ぐちゃぐちゃに混ざっちゃいましょう。入れ替わっちゃってるんだから、身体も混ざっちゃった方が、いつもみたいにフォースを感じられそう」
「な、なんだ、その理屈。んぁっ?!」
 隠れていた突起を擦られて身体が跳ねた。クチュクチュと粘度のある水音がする。
「ほら、もうこんなに濡れてる」
「あぁ、待て、駄目だって」
「いつもしてくれるみたいにしてあげる」
 止めようとして抱きついたが力が入らない。唇の感触がどんどん下の方へと降りていく。
「そっ、それは止め、……っ! うぁ、あ……」
 舌先が敏感な突起を嬲りだした。気が変になりそうな気がして、身体を捩る。
「逃げたら怒るから。いつも強引なくせに」
 それを言われると何も言い返せなくなる。でも。
「嫌、だったのか?」
 その問いに首が舌ごと横に振れ、息が詰まる。
「ううん。嬉しかった」
 その答えにホッとした。気が抜けたからか、嬉しがる暇もなく快感に身体を支配されていく。舌の感触にゆっくりとした指の出入りまでもが加わり、思考能力が無くなって、身体の存在ばかりが主張している。
「気持ちいい?」
「もう、何が、何だか」
「それとも、嫌?」
「それも、分からな……っ」
 そう答えながら、ほんの少ししか動かない思考の中で、花を贈ってきていた男に触れられたことを思い出していた。嫌悪感が半端無く違う。あの男のことは、自分の気持ちと違うところで身体も拒否していたように思う。
 身体を起こしたリディア、というか俺の身体が再び覆い被さってきて、顔を突き合わせた。指の出入りは続いている。考えろと言うのなら、まずそれを止めてくれないと無理だってのに。
「私の身体って、フォースの身体が大好きだと思うんだけど」
 それ、頼むから元に戻ったときに言って欲しい。凄く嬉しいのだが、自分の顔は見ていられない。もしかして、嫌いだからではなく恥ずかしいからか? でも、そんなことを意識してしまったら。
「顔、赤くなったわ」
 やっぱりか、と思ったら、さらに赤くなったような気がした。出入りしている手の親指が、敏感な突起を擦る。意識が飛びそうになるのを必死でこらえた。跳ねた身体を押さえつけられて、唇が重なってくる。リディアの味がした。懐かしくて頭がクラクラする。
「もう、駄目だって……」
「そう? じゃあ」
 スッと指が抜けた。ホッとする間もなくそこに熱いモノがあてがわれる。
「え。ええっ?! ちょっと待っ、ひぁ?!」
 熱いモノが身体に押し入ってくる。麻痺する寸前みたいな幅の広い痺れが、頭の先まで突き抜けていく。密着して腰が止まった。奥の方で突き当たっているのが分かる。お互いの身体は動いていないはずなのに、擦れている感覚は止まらない。
「うわぁ、中が動いてる。いつもこんな風に感じるのね。気持ちいい」
 その余裕はなんだ。こっちにはもう余裕なんか無い。声にならない息だけが漏れる。
「じゃ、動くね」
「は? 駄目だ、死ぬかもしれな……」
「うん、いつもそう思う」
 そう思うんならやめてくれと思う間もなく、またそこに刺激が走った。意識と一緒に引きずり出され、入ってきてまた身体を満たす。擦れているのはそこだけなはずなのに、身体も意識もわけが分からなくなるほど混ざり合い、遠くなっていく。意識なんて、もうどこにあるかすら分からない。
「リ、リディア、もう……」
「嫌。……、って言いたいけど、私も、駄目」
 駄目、なんて言いながら、速度が速くなる。その動きに感覚がついていけない。わけが分からないまま全部が真っ白になって、気付いた時には力の抜けた俺の身体が覆い被さっていた。
 そのまま二人で眠りに落ちた。夜は越えたが一日が経っていなくて、運んで貰った食事を取ってまた眠った。いつもなら起こされるまで眠っているのだが、何度も目が覚めた。リディアが眠りこけているのは、俺の身体にいるからか。それならリディアの身体にいる俺は、起きてしまっても仕方がない。
 だが、起きてみて毎度驚いた。俺の意識がない眠っている間に、いつのまにかリディアの腕は俺の頭を胸に抱きかかえているのだ。先に起きたことがほとんどなかったからか、こんな風に抱かれて眠っているなんて知らなかった。
(私の身体って、フォースの身体が大好きだと思うんだけど)
 抱かれながら聞いた、その言葉が蘇ってくる。寝ているうちに無意識に抱きかかえてしまうからには、本当にそうなのかもしれない。
 だったら。いつか二人が命を失って屍になっても離れずにいられるよう、同じ棺に埋葬してもらうように手配しておこう。骨だけになっても、骨が石になっても、ずっとお互いの身体を抱きしめていられるように。
 目の前にある自分の目が開き、ボーッとした顔で見つめてくる。
「……、まだ戻ってないのね」
「でも、そろそろだろ」
 そう返して窓を見ると、差し込んでくる陽光の角度が、すでに昨日入れ替わった時と同じに見えた。
「早く戻らないかな。視界にリディアがいないのは寂しい」
 そう言うと、向き合った自分の顔が少しだけ笑みを浮かべた。
 その笑みがぼやけてくる。頭の中にかかった靄が昨日と同じように一瞬真っ白になり、ゆっくりと視界が戻ってきた。やっと丸一日経ったのだ。目の前にはリディアがいる。思わずその頬に触れ、抱きしめて口づけた。
「戻ったのね」
「ああ。やっとだ」
 合間に会話を交わしながら何度もキスをした。ひとしきり笑い合って、いつも一緒に眠る時のように、リディアの頭を肩口に乗せる。
「一日限定でよかったよ。そうでなかったらおかしくなっちまう」
「そうかも。私もフォースが見えないと寂しかったもの。とにかく抱きしめたくてたまらなかったわ」
「それでアレかよ」
 妙に強引だったリディアを思い出して言い返すと、リディアは笑みを浮かべながら、恥ずかしげに顔を肩に埋めた。
「あんな風に思って私を求めてくれてるって分かって、とても嬉しかったわ」
「鬼畜でいいんだ?」
「そうは言ってない」
 慌ててそう返され、思わず苦笑する。まぁ、なんでも受け入れてくれるとはいえ、いくらかは自制するつもりだけど。
「でも、俺もリディアが俺をしっかり受け入れてくれているのを感じられて、すげぇ嬉しかったよ」
 その言葉に、リディアがフワッと微笑んだ。目の前にリディアがいてくれるだけで、なんて幸せなのだろう。その笑みを浮かべた唇を引き寄せてキスをする。キスを深くしようとしたその時、ドアにノックの音が響いた。
「レイクス様」
 ジェイストークの声が、ドアの外側から響いてくる。
「なんだ」
「タスリル様からの伝言です。ティオから話は聞いた、戻ったら仕事しろ。だそうです」
 話しが通っているのなら、一日サボったことが問題にはならないだろう。ただ、リディアを抱こうと思っていたから、身体のモヤモヤが抜けそうにないのだけど。
「丸一日お仕事ができなかったから、きっとたくさん増えてるわね」
 小声で言ったリディアの言葉に、想像するだけで頭を抱えたくなる。
「……、そうか。そうだな」
 リディアにそう返し、ジェイストークには、分かった、と返事をする。
 返事をしながら、仕事はいくらたくさん増えていても、生きている今、一番最初に手配しておきたいことができたのを思い出した。
 そう、墓のことだ。このまま皇帝を継いだら、場所は必然的にマクラーンになるのだろう。だが、そんな場所なんてのはどこでもいい。この身体の一部でも残っている間は、ただリディアを抱きしめていたい。
 俺はリディアに笑みを向けると、もう一度キスをしてベッドを降りた。



消化酵素さまにいただいたリクエストの品です。
男女が入れ替わって、しかも側にいる、という状況の描写はとても難しかったですが、
非常に勉強になりました。しかも、思い切り楽しんで書かせていただきました♪
リクエスト、ありがとうございました。m(_ _)m〜☆